イプシロン
イプシロン
2013年9月29日
新たに開発された固体燃料ロケット「イプシロン」が2013年9月14日(土)14:00、内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられ、搭載した惑星分光観測衛星を61分39秒後に予定通りに分離しました。前回、発射19秒前にカウントダウンが中止となり、打ち上げは延期となりましたが、今回見事に打ち上げは成功しました。おめでとうございます。本当に良かったですね。惑星分光観測衛星も順調に予定軌道に乗り、愛称「ひさき」と命名されました。今回は、JAXA宇宙航空研究開発機構の公表記事・写真の中から引用して、イプシロンロケットの開発の狙い、システムの特徴などを簡単にまとめてみました。
日本の固体燃料ロケット開発は、一貫して国産技術として開発を積み重ね、ラムダロケットによるわが国初の人工衛星「おおすみ」の打ち上げを皮切りに、M‐3S‐Ⅱ型ロケットによる太陽系探査衛星「さきがけ」「すいせい」、さらに「ひてん」の打ち上げ、そしてM‐V型ロケットによる「はやぶさ」の惑星軌道への投入に至るまで、世界に誇れる成果を出してきています。「はやぶさ」は、ご存じのように、小惑星「いとかわ」から世界初の小惑星サンプルを地球に持ち帰りました。
イプシロンロケットは、このような固体ロケットシリーズの最新鋭機です。イプシロンが目指すものは、端的に言うと、ロケットを打ち上げる仕組みを簡単にすることです。シンプルな固体ロケットとコンパクトな射場の組み合わせを技術的に徹底して追求し、世界一の運用性を実現することです。具体的には、「第1段ロケットを発射台に立ててから打ち上げ後の翌日の片付けまで7日間」、「打ち上げ時刻の3時間前まで衛星の最終準備作業及び点検作業が可能」という世界一の目標を掲げて開発を進め、この目標を実現しました。ちなみにM-Ⅴ型ロケットの場合は、第1段ロケットを発射台に立ててから打ち上げ後の翌日の片付けまで42日間必要、打ち上げ時刻の9時間前まで衛星の最終準備作業及び点検作業が可能、となっていました。もう一つの目的は、打ち上げの低コスト化を進め、世界の衛星打ち上げビジネスに参入することです。ロケットの低コスト化だけでなく、打ち上げが可能な1トンクラスの小型衛星の開発・製造と打ち上げをセットで受注することにより、実績のあるアメリカ、ヨーロッパ、ロシア等のロケットに充分対抗できると踏んでいます。
【イプシロンの基本緒元と機体構成】
イプシロンは、全段固体モータ(ロケットエンジンのことをモータと呼んでいます)の3段式が基本形態です。オプション形態として、第3段の上にポスト・ブースト・ステージ (PBS)を追加することができます。このPBSは液体燃料推進系を採用しており、液体ロケット並みの軌道投入精度を実現することができます。先代のM-Ⅴ型ロケットまでは軌道調整を衛星側で行っていましたが、イプシロンのPBSによって、衛星の軌道調整をロケット側の輸送サービスの中で行い、多様なミッションへの対応能力と利便性を高めて需要の拡大を図る考えです。
全備質量91トンのイプシロンは地球周回低軌道に1.2トンの衛星を運ぶ能力があります。全備質量140トンのM-Ⅴ型では1.8トンの衛星を運ぶことができましたので、この面の能力は3分の2になっていますが、打ち上げ費用はM-Ⅴ型の約75億円に対して約38億円とほぼ半減しています。
イプシロン開発においては、抜本的な低コスト化とリスク抑制及び開発期間短縮の観点から、先代のM-Ⅴ型ロケット、及び大型衛星打ち上げ用の基幹ロケットH-ⅡAの技術を最大限に活用しています。基幹ロケットH-ⅡAの一段目の補助エンジン(ブースター)SRB-Aモータはイプシロンの一段目モータに使われています。2段、3段にはM-Ⅴ型ロケットの3段モータ等の設計を踏襲するM‐34c、KM-Ⅴ2bが採用されています。機体構造や姿勢制御系、アビオニクス(搭載電子機器)等にもM-Ⅴ型ロケット又は基幹ロケットとの部品の共用化や技術の継承が取り込まれています。
【イプシロンの誘導制御系】
イプシロンの第1段モータ及び第2段モータでは、推力飛行中のピッチ/ヨー制御(進行方向に対するロケット本体の振れの制御)は、噴射ノズルの方向を可変させる可動ノズル(MNTVC)装置によって行います。推力飛行中のロール制御(ロケット本体の軸を中心とする回転の制御)とモータ燃焼終了後の3軸姿勢制御については、第1段はモータ後部の基軸対称位置に2基装備された新型の固体モータサイドジェット(SMS)で行い、第2段はヒドラジンガスジェット装置により行います。第3段は、コスト削減と軽量化のために固定ノズルスピン安定方式を採用しています。
誘導制御用のセンサとしては、ジャイロと加速度計を装備した慣性センサユニット(IMU)を搭載し、機体の誘導・制御に必要な各種の信号を誘導制御用計算機(OBC)に出力します。M-Ⅴ型ロケットの場合は誘導計算を地上で行って誘導コマンドを電波でロケットに送信する方式でしたが、イプシロンの場合は、搭載したOBCで誘導計算を行う慣性誘導方式を採用しています。航法計算により導出された現在の位置・速度情報をもとに基準軌道に対する軌道誤差を求め、その軌道誤差から姿勢補正量、点火時刻補正量の誘導コマンドを計算し、制御を行います。
【イプシロンの自動・自律点検システム】
イプシロンが目指す運用性向上のための目玉の一つが、自動・自律点検システムです。点検機能を機体側に搭載し、発射前の機体点検を地上側の発射管制設備(LCS)と機体搭載機器である即応運用支援装置(ROSE)との間で適切に分担し、機体の健全性確認を行うようにしています。
自動点検機能については、機体情報(コマンド情報、モニタ情報など)と点検手順をデータベース化し、自動実行可能な作業手順書を構築することにより、作業手順書を順次読み込み・実行することで、点検を自動化します。
自律点検機能については、専門技術者によるデータレビュー作業を簡素化し、装置側で評価を行うことを目的としています。良好な波形データを正常データと定めてデータベース化し、評価対象波形と正常データ(基準波形)をパターン認識技術で照合します。パターン認識の結果、評価対象波形が「正常である」か「何らかの異常が発生している」かをLCSにおいて評価します。
従来は、打ち上げ直前に、ロケットシステムメーカーの専門技術者が射場において技術的判断を行っていましたが、LSCをネットワーク化し機体点検データをメーカーへ配信することで、専門技術者が射場にいることなく打ち上げ作業が可能になりました。
【イプシロンの開発コンセプト・開発者の思い】
最後に、開発者の方の熱い思いを紹介します。
『イプシロンロケットの目的は、ロケットの打つ仕組みを簡単にして、みんなの宇宙への敷居を下げよう、宇宙科学や宇宙利用の裾野を拡大しようということにあります。これは宇宙輸送系の視点で見ると、打ち上げシステムの革新、つまりアポロ時代から変わらないお祭り騒ぎのような打ち上げ方式を改革しようということに尽きます。すなわち、射場設備と運用はもとより、製造プロセスから搭載系に至るまで、およそロケットの打ち上げに必要な設備や運用をとことんコンパクトで身軽なものにしていこう、それが未来への扉を開く鍵である、というコンセプトです。未来のロケットは飛行機くらい簡単に飛んでいけないと困りますからね。これまでのロケット開発では打ち上げ能力の拡大と軌道投入精度の向上のみが図られてきましたが、固体ロケットの歴史上初めて打ち上げシステム全体の最適化が図られようとしているのです。この点が、イプシロンがM‐V時代までの殻を破る最大の部分です。
イプシロンロケットでは、このような壮大なビジョンを実現する第一歩として、ロケットのインテリジェント化やモバイル管制などの超革新技術を開拓し、射場作業の効率化を図っています。例えば、第1段ロケットを発射台に立ててから数えると、打ち上げて後片付けをして帰るまでにイプシロンはたった7日間です(M-Ⅴは実に42日間)。このような斬新な取り組みは世界でも初めての挑戦であり、未来のロケットに不可欠なものでもあります。まさに未来を拓くイプシロンの真骨頂だと考えています。』