iPS細胞のその後の状況
PS細胞のその後の状況
2012年10月31日
2006年に世界で初めてPS細胞を作製した京都大学 山中伸弥教授が、2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞されました。「成熟細胞が初期化され多能性を獲得する現象の発見」が受賞理由です。私達日本人の誰もが待ち望み、誇りに思い、そして納得ができる受賞であったと思います。
この山中教授の作製したPS細胞は、その後どのような状況になっているのでしょうか、今後私たちとどのような関わりを持つようになるのでしょうか。これに関する記事が、山中教授が所長を務める「京都大学 PS細胞研究所 (CRAサイラ)」のホームページや、産経ニュース(Web)に掲載されていますので、それらの記事を引用して、簡単に纏めてみました。
【PS細胞とはどのような細胞か】
人間の皮膚などの体細胞に極少数の遺伝子( 4種類の遺伝子)を導入し、数週間培養することによって、様々な組織や臓器の細胞に分化する能力と、ほぼ無制限に増殖する能力を持つ多能性幹細胞に変化します。この細胞を人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell)ⅰPS細胞と呼びます。(「ⅰPS細胞」の名付け親は山中教授です。)体細胞が多能性幹細胞に変わることを、専門用語でリプログラミングと言います。山中教授が見出した、わずかな遺伝子の操作でリプログラミングを起こさせる技術は、再現性が高く、また比較的容易である為、幹細胞研究におけるブレイクスルーと呼ぶことができます。
【ⅰPS細胞はどのように活用できると考えられているか】
PS細胞は、病気の原因の解明、新しい薬の開発、細胞移植治療などの再生医療に活用できると考えられています。治療困難な難病の患者の体細胞からPS細胞を作り、それを神経、心臓、肝臓、膵臓などの患部の細胞に分化させます。その患部の細胞の状態や機能がどのように変化するかを研究することで、今まで分からなかった病気の原因が解明できる可能性があります。また、その細胞を利用すれば、人体では通常できない薬剤の有効性や副作用を評価する検査や、毒性のテストが可能になりますので、新しい薬の開発が大いに進むと期待されています。そして、安全性が確保されたならば、患者由来のPS細胞から分化誘導した組織や臓器の細胞をその患者に移植する細胞移植治療など、再生医療への応用が期待できます。
【PS細胞を用いた難病の解明や臨床研究などの進捗現状】
文部科学省が平成21年6月に作成したロードマップ(行程表)を点検すると、病気の仕組みの解明などは順調に進んでいる半面、臨床応用を目指す研究は分野によってばらつきがあるようです。同省は、進捗状況を反映させた新たな行程表を年内に作成する方針です。
行程表は、21年を起点に約10年後までの到達目標を設定したもので、 文科省はこれに沿ってオールジャパン体制で研究を推進しています。最も順調に進んでいるのは、PS細胞を使った難病の再現と発症の仕組みの解明です。目標時期は26年〜30年ですが、「多くの研究機関から相次いで論文が発表されており、間違いなく行程表通りに成果が挙げられる」とみています。
パーキンソン病やALS(筋委縮性側索硬化症)などの難病は、実験動物で病態を再現することが難しく、これが研究の壁になっていましたが、患者由来のPS細胞を使って病気の性質を持つ神経細胞などを作ることにより、研究が可能になりました。既に京都大学は今年8月に、ALS患者の皮膚から作製したPS細胞を使って、治療薬の候補物質を見つけたと発表しています。慶應義塾大学では、パーキンソン病の患者の脳内で起きた異常なタンパク質の蓄積を、患者の皮膚から作ったPS細胞を使い再現することに成功したと発表しました。
患者に対する臨床研究については、理化学研究所が来年度から加齢黄班変性という目の網膜の病気を対象に、PS細胞を使った初の臨床応用を目指しています。患者自身の皮膚細胞から作製したPS細胞で作った網膜色素上皮細胞をシート状にして、その患者に移植します。その他では、実用化はまだ先ですが、心筋や角膜、血小板でも研究の進展が著しいとのことです。
【新薬開発に係る経済的効果の試算】
大日本住友製薬は、PS細胞を活用することで、臨床試験(治験)に進んだ新薬開発の成功確率が、従来の1割程度から2割程度に高まると試算しています。PS細胞が創薬分野の競争力を高める原動力になると期待が高まっているのです。 新薬は研究開発から発売まで10年程度の歳月と数百億円規模の投資がかかるといわれています。開発の最終段階にあたる治験は、ヒトに投与して効果を確かめますが、副作用や効果が不十分との理由で、製品化ができるのは1割程度にとどまるとのことです。これは、治験の前に行う動物実験で副作用や効果を確認しますが、ヒトと動物では体の器官が異なり、臓器の形や大きさも違うので、ヒトへの副作用や薬効を動物実験から予測することが難しい為です。治験に先だって、疾病状態にある心筋細胞や肝臓細胞など特定部位の細胞をPS細胞から作製し、新薬候補の効果を確かめることで、治験段階に到達した新薬候補の開発成功率を2割に引き上げられる可能性があるということです。
【PS細胞バンクの推進状況】
脊髄損傷の患者は約1カ月以内に細胞移植を行う必要がありますが、患者自身の皮膚からPS細胞を作製し、治療に必要な細胞を作るには約半年かかる為、間に合いません。脊髄損傷など早期治療が必要な患者の再生医療に対応する為、免疫(拒絶反応)にかかわる様々なタイプのPS細胞を予め大量に作製して保管しておく「PS細胞バンク」は、行程表では来年末までの構築が目標となっています。しかし山中教授は、PS細胞実用化のカギを握るバンクの開設、備蓄開始を急ぐべきと考えており、開設の前倒しに注力しています。そのひとつの方法として、臍帯血を利用したバンク構想が始動しています。赤ちゃんのへその緒に含まれる血液の臍帯血は理想的な材料であり、この臍帯血からPS細胞を作り、備蓄して再生医療に生かしたいと考え、実現に取り組んでいます。
【続報】京都大学PS細胞研究所は11月6日に、PS細胞を再生医療向けに蓄える「PS細胞バンク」計画が京大病院の倫理委員会で承認されたと発表しました。移植しても拒絶反応の起こりにくいPS細胞のタイプを多数そろえて、5年以内に再生医療の臨床研究などに利用できる体制を整備します。拒絶反応は血液中の白血球の型「HLA」の違いから起こります。その中に、拒絶反応が起こりにくい特殊なHLAのタイプが数百人から数万人に一人の割合で存在します。こうした人からPS細胞を作製し、保管する計画です。先ず、京大病院で過去にHLAの検査を受けた人から探しますが、公募も検討します。山中教授は、今後5年間で日本人の30%をカバーできる体制を作り、再生医療の臨床研究などに提供する考えです。
また、難病患者などの細胞から作製したPS細胞を保管し、研究者に提供するバンクが稼働を始めました。理化学研究所バイオリソースセンターは、「疾患特異的PS細胞バンク」の事業を今月から立上げ、患者由来のPS細胞を必要とする研究者への提供を開始しました。
現在、PS細胞の実用化、権利化などを巡って、世界各国の研究機関、企業が熾烈な競争を行っています。この競争に勝つには、多額の研究開発費用が必要であり、国の強力な支援が不可欠です。日本の政府には、ライバルであるアメリカに負けないよう、是非とも強力な支援を続けて頂きたいと思います。