遺言が無効とされるとき
今月の民法サークル「遺言が無効とされるとき」
静岡大学名誉教授の平野先生を囲んで月一回開いているサークル活動「民法サークル」において、平野先生からお話し頂いた内容を、毎回かいつまんで紹介しています。
【3月民法サークル】
3月の民法サークルのテーマは「遺言が無効とされるのはどのような場合か」に関するものでした。今回紹介する例題は次の通りです。
(2016年3月25日 実施)
【例題】
『父が急死し、葬儀の最中、見知らぬ婦人が目を泣きはらして姿が目撃されました。2〜3日後、その婦人が訪ねてきて、父の20年前からの愛人であったと告白、父から遺言状を預かっていると言って差し出しました。母は父にそんなに長い間愛人がいたことを知りませんでした。いつも出張や残業で多忙な父を尊敬し信頼しきっていましたから、にわかには信じられなかったようです。遺言の内容は、遺産の2分の1を愛人に遺贈するという確かに父の筆跡によるものでした。作成されたのは10年以上前でしたが、それ以外に遺言は発見されておりません。私たちの今後を心配しながら息を引き取った父のことを考えると、本心で書いた遺言とは思えません。』
【解説】
先ず遺留分について説明しますと、遺留分は、遺言相続の場合に被相続人(亡くなった人)の遺産に対して相続人に与えられる権利で、被相続人の配偶者と子供が相続人の場合、その割合は全体で2分の1です。どのような遺言の内容であっても、相続人(配偶者と子供)は遺産の2分の1を受け取る権利を持っています。
例題の場合、遺言によって愛人に与えられる遺産の割合は2分の1ですので、相続人(母と子供)の遺留分2分の1を侵害していません。従って、遺言が民法の一般則に違反していなければ、愛人は相続人(母と子供)と一緒に遺産分割協議を行い、遺産の2分の1相当を受け取ることができます。
ただし、民法第90条(公序良俗)に「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。」とあります。これによれば、「公序良俗に反する遺言は無効」が原則です。
遺言が公序良俗に反するか否かを判断することは非常に難しいことですが、遺言を書いた背景を判断することが必要になるとのことです。
愛人は一夫一婦制に反するものであり、本来は公序良俗に反するものとなりますが、被相続人と配偶者の夫婦関係が破たんしている場合などは、愛人への遺贈(遺言により財産を贈与すること)は公序良俗に反するとは言えないと判断されることもあります。被相続人が、10年前に愛人関係を維持するために遺言を書いたとすると、公序良俗に反すると判断されることもあります。例題の場合、夫婦関係の破たんは無かったと判断されますので、愛人関係を維持するために遺言を書いたと判断するのが妥当でしょうか。
最高裁の判例では、この原則を基に、遺言自体を無効とするか有効とするかの判決が下されています。私が調べた事例では、配偶者(妻)と子供が住む自宅を含め全ての遺産を愛人に遺贈するという遺言に対して、遺言は無効とする妻側からの訴えがあり、最終的に最高裁で、その遺言は公序良俗に反するという理由で無効とされた判例がありました。
遺言が無効とされた場合、愛人への遺贈は当然ながら認められないことになり、遺言相続ではなく法定相続の手続で相続が行われることになります。
(所長)