成年被後見人は判断能力が回復しても遺言作成はとても難しい
昨年(平成28年)11月にK様が来所され、成年被後見人である母M様が公正証書遺言を作成したいと言っているので支援をしてほしい、と依頼がありました。
成年被後見人は、基本的には遺言を作成することはできません。ただし、民法の第973条において「成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには、医師二人以上の立会いがなければならない。 遺言に立ち会った医師は、遺言者が遺言をする時において精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記して、これに署名し、印を押さなければならない。」と規定されています。従って、成年被後見人であっても、判断能力が遺言が出来る程度に回復していれば、医師2人の確認と立会いの下に、遺言を作成することができます。
K様はM様の娘で、M様の成年後見人を務めています。K様によると、母であるM様は精神的な障害を患い、粗暴な発言が常態化したため、M様を成年被後見人として登録し、K様が成年後見人となってM様の支援を行ってきました。その後、M様の身体的なリハビリのために市内のK病院に通い始めたところ、精神的障害が大幅に改善し、判断能力の面でもしっかりとした普通の穏やかな老人になったとのこと。
M様は、娘が嫁いだ後、孫を養子にして家を継いでもらう形にしました。M様の財産については、遺言によって、家を継いでくれる孫に相続させたいと強く思っているとのこと。
私はK様に同行してM様に面会しました。M様はとても落ち着いた様子で、私の質問に穏やかに的確に答えてくれました。遺言を書きたい旨もしっかりと意思表示されました。M様の遺言能力に問題がないことを私は確認しました。
私は先ず公証役場を訪れ、公証人に成年被後見人の遺言作成について相談しました。公証人からは、「遺言者の遺言能力を見極めることは非常に難しい問題で、厳しく対応せざるを得ない。もし遺言者が公証人の質問に少しでもきちんと答えられない場合は、遺言能力無しとみなして中止します。」とコメントを頂きました。また、医師については、遺言作成時にその場に同時に立ち会って頂く必要がある、とのコメントでした。
医師の立会いについては、説明用の資料をK様に渡して、K様から4つの病院、医院の精神科の先生3名、精神科以外の先生1名に遺言作成の立会いをお願いして頂きましたが、いずれも断られてしまいました。業務が大変忙しいこともあるし、何だか訳のわからない依頼に対する抵抗感もあったものと思います。先生で成年後見人の遺言作成に関する民法第973条についてご存知の方はいませんでした。前例のないことですから、それも無理のないことと思います。
K様が最後に相談に訪れた精神科クリニックの先生から、医師の立会いを求めるより、いっそのこと成年被後見人の解除を家庭裁判所に申立てした方がよいのではないか、との提案を頂きました。成年被後見人の登録が解除されると、自由に遺言を作成することができます。私も当初、K様にその選択肢についての説明をしていましたので、直ぐにK様に賛同の意を伝えました。
K様は12月に入って家庭裁判所に出向き、M様の成年被後見人登録解除の申立てをしました。審査の結果、今年(平成29年)2月には登録解除の審判が下されました。
登録解除に伴う銀行関係の手続きなど一連の手続きを全て終了させたK様とM様が弊事務所に来所されたのは、5月の連休前でした。お二人からお話しを伺い、M様のご希望を確認して遺言書の文面案を作成し、公証人に事前確認をして頂きました。
最終的に公証役場で公正証書遺言を作成したのは5月末でした。M様に公証役場に出向いて頂き、私は証人として遺言作成の場に立ち会いました。
K様のご依頼を頂いてから半年が経っていましたが、M様のご希望通りに公正証書遺言の作成ができて、私も肩の荷を下すことができました。
振り返ってみますと、民法第973条に規定があるとはいえ、判断能力が回復している成年被後見人の方が、成年被後見人のままで公正証書遺言を作成することは、とても難しいと思いました。実際の世の中は、成年被後見人の方が判断能力が回復して遺言を作成するということを、全く想定していないのです。
(所長)
